田淵裕樹さんは社会人5年目の会社員。同時に、オーストラリアンフットボールのプレーヤーであり、所属チームR246ライオンズの広報、日本代表のディレクターも担っている。2024年には日本代表選手としてアジアカップに出場し、10カ国の頂点に立った。
一人の競技者をここまで惹きつけるこのスポーツには、どんな魅力があるのか。話を聞いていくと、競技そのものの面白さだけでなく、この競技が生む文化の話に行き着いた。
中学時代に憧れた競技を社会人になって始めた
5歳から大学までラグビーを続けてきた。高校まではトップを目指して本気で打ち込み、大学では怪我もあって、体育会ではなく準体育会という形で競技を続けていた。
オーストラリアンフットボールに惹かれたのは中学生の頃だ。家族でオーストラリアを訪れた際、この競技に初めて触れた。
大きなグラウンドを走り回る選手たちの身体能力、スピーディな試合展開、街にこの競技が自然に溶け込んでいる空気——受けた衝撃が、ずっと頭のどこかに残り続けた。
現地でプロ選手と会う機会もあり、サインボールをもらった。「いつかやってみたい」と思いながら、日本でできる環境があるとは知らず、長くラグビーを続けた。
実際に始めたのは2023年。R246ライオンズへの加入がきっかけだった。国道246号線にちなんで名付けられたこのクラブは、多摩川周辺を拠点に活動する設立15年目のチームだ。
競技志向の強い選手から週末に体を動かしたい人まで、20人ほどが一緒に活動している。
「日中仕事をして、帰ってきてトレーニングをして、その後に広報活動するってなると、削るところが睡眠時間ぐらいしかなくなってしまう」と笑いながら話す。

「試合後も含めて、コミュニティなんです」
オーストラリアンフットボールは、オーストラリアで最も人気のあるスポーツだ。18人対18人で楕円形のボールを使い、キックやハンドパスでボールを運び、大きなグラウンドを全員で走り回る。
サッカーやラグビーに近い要素を持ちながら、スピーディに展開される。
オーストラリア、とくにメルボルンやアデレードでは、このスポーツが生活に溶け込んでいる。ローカルクラブが地域に根付き、週末になると自然と人が集まってくる。
プロリーグの試合には多くの観客が詰めかけ、決勝では10万人規模のスタジアムが満員になることもある。普段のリーグ戦でも数万人が入る。
「すごく生活の一部になっているな、と思いました。中学のときに見たその光景が、ずっと頭に残っていたんです」
ローカルクラブには、試合後に選手や家族、友人たちが集まる場所がある。食事をしたり、飲んだり、会話をしたりする。競技をすることだけが目的ではなく、その時間ごと共有する文化がある。
「競技をするためだけに集まっているわけではありません。試合は週末の中心にあるものなんですけど、その前後の時間も含めてコミュニティなんです」
R246ライオンズにも、その空気に通じるものがある。チームには日本人だけでなくオーストラリア人のメンバーもいて、体育会的な上下関係はない。
家族連れで来る人もいれば、仕事以外の居場所を求めて参加する人もいる。
「仕事で嫌なことがあった週も、週末に河川敷に行ってボールを蹴ると、忘れて次の週にリフレッシュして戻れる」——そうした感覚は、競技の勝敗とは別の価値としてここに根付いている。

どこの国のクラブに連絡しても、練習に混ぜてもらえた
この競技の面白さは、ひとつのクラブの中だけで完結しないところにもある。
田淵さんは旅行先で現地のクラブに連絡を取り、練習や試合に混ぜてもらった経験をいくつも持っている。
香港、中国、タイ、イギリス——そこで感じたのは、このスポーツをやっている人たちは、どの国でも外から来た人を自然に歓迎するということだった。
「どの国でもコミュニティの結束力がすごいんです。外から来る人への歓迎の仕方が、他のスポーツとは一線違う」
オーストラリアから一歩外に出ると、競技人口が少ない部類となる。本場で根付いている交流の文化が、国を越えたつながりにも広がっているようだった。

SNSでこのスポーツのプレーヤーに連絡を取れば、アジア圏ならどこでも誰かとつながれる。現地のクラブに混ざって練習し、その後に一緒に食事に行く。
逆に海外のメンバーが日本を訪れたときには、こちらが迎える側になる。競技を通じて、旅のしかたそのものが少し変わる。
「日本では、スポーツの活動はチーム内で完結してしまうイメージが強いと思うんです。でもこの競技は、外から来た人を歓迎するムードが世界共通。
旅先で現地のクラブと練習して、終わったら一緒に飲む。そういう関わり方が自然にできるのは、この競技ならではだと思います」
始まりは1986年の横浜。競技は今も受け継がれている
日本でのオーストラリアンフットボールの歴史は、意外なほど長い。最初の大きなきっかけは1986年。
フジテレビがオーストラリアのプロチームを招き、横浜スタジアムで試合を行ったそうだ。その後、慶應と早稲田にチームが立ち上がり、競技が動き始めた。
日本代表の活動も2000年頃から続いており、20年以上にわたって国際大会へ選手を送り出してきた。
現在、国内リーグに参加するクラブは5チーム。トップでプレーしている選手はおよそ100人規模だという。首都圏に活動が集中しているが、大阪にもチームがある。
大学では駒澤大学と専修大学にチームがあり、競技に本格的に打ち込む環境も整っている。細くても途切れずに続いてきた競技だ。
アジアの中では、日本が競技理解や戦術面で一歩先を行く。2024年のアジアカップで10カ国を制したのもその表れだが、各国のレベルは上がっており、次の大会はさらに厳しくなると見ている。

一方で、課題もある。小中学生向けのクリニックは定期開催しているが、その先の受け皿がまだ十分でない。大学で本気で取り組んだ選手も、卒業を機にやめてしまうことが多い。
「オーストラリアでは、プレーできなくなっても週末スタジアムに来る。生涯スポーツとして関わり続ける文化がある。日本でも20代で競技が終わりにならない環境をどう作るか、それはこれからの大きな課題です」
経験者も初めての人も入れる場所がある
今年末には東アジア大会、来年にはアジア大会が控えている。
ラグビーやアメリカンフットボールなど、コンタクトスポーツの経験者はとくに馴染みやすい。
競技を続けていたのに社会人になってやめてしまった、という人に向けて、田淵さんは「国際舞台で戦えるチャンスもある。そういう気持ちを持った人にも届いてほしい」と話す。
一方、未経験でも入りやすい競技でもある。日々の練習ではコンタクトよりもボールを使った動きが中心で、楕円形のボールを蹴る感覚や、広いグラウンドを走り回る非日常感から始めることができる。
体を動かしたい、新しいコミュニティを探している、海外文化に触れてみたい——どんな入り口でも歓迎される場所だ。オーストラリアに縁のある人は特に馴染みやすく、英語でのやり取りもチームの日常に溶け込んでいる。
田淵さんが今この競技に費やしているのは、プレーヤーとしての時間だけではない。広報として発信を続け、代表のディレクターとして組織を動かしている。
それでも続けているのは、「チームに集まってくれている人たちのために何かしたい。このコミュニティをもっと強く、大きくしていきたい」という思いが根底にあるからだ。
競技として見ても面白い。けれど、このスポーツの魅力はそれだけではない。試合の前後も、初めて来た人も自然に混ざり、国が変わってもまたつながれる。田淵さんが惹かれ続けているのは、そうした文化ごと含めたオーストラリアンフットボールなのだろう。

プロフィール
田淵裕樹
R246 Lionsに所属し、日本オーストラリアンフットボール協会にて日本代表部長・男子日本代表マネージャーを兼務。競技面では、2024年に10カ国参加のアジアカップで日本代表として優勝を果たし、大会ベストチームAll Asiaに選出。2025年にはR246 Lionsを悲願の日本一へと導き、タイトルを決める最終戦で最優秀選手賞を受賞した。クラブ・リーグ・代表の各カテゴリーでSNS運用・デザイン制作・競技運営をリードし、競技の普及と国内レベルの向上に取り組んでいる。



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