現役で戦いながら、ラクロスの入口も広げる。水野由惟さんが見ている競技のこれから

インタビュー

大学から始めたラクロスを、今も高いレベルで続けている水野由惟さん。
競技に打ち込む一方で、キッズ世代への普及にも力を入れている。

競技と普及。
どちらか一つでも簡単ではない。

仕事があり、練習があり、試合がある。そんな中で、子どもたちにラクロスを伝える側にも立つ。
それでも続けているのは、ラクロスは「知ってもらう」だけでは広がらないと感じているからだ。

「やりたいと思ってくれたときに、始められる場所がないと、そこで終わってしまうんです」

競技の最前線に立ちながら、次の世代の入口も増やそうとしている。
その両方に向き合う姿が印象に残った。

大学から始めたラクロスに、本気でのめり込んだ

ラクロスを始めたのは大学から。
それまでは中学でバスケットボール、高校でソフトボールに取り組んでいた。

もともとは大学でもソフトボールを続けるつもりだったという。
ただ、実際に見たときに、「これで完全燃焼できるのかな」という感覚があった。もっと打ち込みたい。もっと熱量を注げるものをやりたい。そう思って選んだのがラクロスだった。

大学から始める選手が多く、未経験でも入りやすかったことも大きかった。
新しい競技への不安よりも、「ここでなら本気でやれそうだ」という感覚のほうが強かったという。

大学4年間をラクロスに注ぎ、3年時には東海地区準優勝。
4年時はコロナ禍で通常の大会がなく、特別大会という形で行われた大会で、ドロワー(試合開始時や得点後の再開時に行われる、ジャンプボールのような「ドロー」を担うポジション)としてベスト賞も受賞した。

社会人では東海のSELFISHでプレーし、その後、NeO LACROSSE CLUBへ移籍。現在は3年目を迎えている。

「もっと上でやりたい」とチームを移籍

SELFISHで社会人ラクロスを続ける中で、チームを引っ張る立場になることもあった。
ただ、そのときに強くなったのは手応えよりも危機感だったという。

「自分が引っ張る立場になる中で、もっと自分自身が上手くならないとダメだなと思ったんです」

もっと高い基準の中でやりたい。
もっと上の選手たちの中で、自分を試したい。

そうして選んだのが、NeO LACROSSE CLUBだった。近年の女子ラクロス界でも高い実績を重ねてきたチームだ。

もちろん、入ればすぐになじめる環境ではなかった。
知っている人がほとんどいない中で、どう関わっていけばいいのか分からない。周囲が少し怖く見えた感覚もあったという。

それでも、あいさつを重ね、ミーティングに加わり、少しずつ会話を増やしていく中で、徐々に距離を縮めていった。
強いチームに入るというのは、ただレベルの高い選手たちとプレーすることではなく、その環境に自分を置き直すことでもあった。

強いチームで見えてきた自分の現在地

競技者としての目標は明確だ。
2026年のワールドカップに向けて選考に残り、世界の舞台でメダルを狙いたい。その思いははっきりしている。

2024年には、本大会出場とは別の形ではあったが、現地で参加国との調整試合を経験し、国際舞台の空気にも触れた。
そこで感じたのは、フィジカルの強さ、パススピード、組織的な展開力における明確な差だったという。

「やっぱり世界との差はすごく感じました。フィジカルもそうですし、パススピードも全然違ったので」

世界を見たことで、自分に足りないものもよりはっきり見えるようになった。

一方で、所属チーム内での競争も厳しい。
同じポジションには日本代表クラスの選手たちがいて、簡単に試合に出られる立場ではない。限られた出場時間の中で、どう結果を残すか。そこが今の大きな課題だ。

普及活動や他の業務との両立もある中で、プレーヤーとしての積み上げが十分ではないという焦りもある。
だからこそ今後は、競技に振り切る時期と、他の活動に力を入れる時期を整理しながら、もう一段レベルを上げていきたいと考えている。

 

競技だけでも大変な中で、なぜ普及にも向かうのか

ここまで聞くと、競技に集中するだけでも十分に大変だと分かる。
それでも、キッズ世代への普及にも力を入れている。

理由は明確だ。
ラクロスは、知ってもらうだけでは広がらない。やってみたいと思った子がいても、近くに始められる場所がなければ、そこで終わってしまう。そうしたもどかしさを強く感じているからだ。

「知ってもらって終わりじゃなくて、そこから始められる環境がないと広がっていかないと思っています」

現役選手としてプレーしているからこそ、見えていることもある。
競技の楽しさだけではなく、続けていく面白さや、その先にある景色も含めて、今の言葉で届けられる。そこに、自分が普及に関わる意味があると考えている。

キッズ普及に関わる人の多くは、引退後や、自分の子どもが競技を始めたことをきっかけに関わるケースが多いという。もちろん、そうした人たちがラクロス界を支える大きな存在であることは間違いない。
ただ、その中で現役でプレーしながら普及にも関わるのは、やはり負担が大きい。

仕事がある。
練習がある。
試合もある。

そのうえで、次の世代の入口まで広げていく。
簡単ではないが、それでもやる意味があると感じている。

普及して見えてきたラクロスの魅力

ラクロスは一見すると、道具を扱うのが難しそうに見える。
ただ、水野さんによると、実際に体験した子どもたちからは「楽しい」「面白い」という反応が返ってくることが多いという。

「難しそうって言われることは多いんですけど、やってみるとすぐにキャッチできたりして、楽しいって言ってもらえることが多いです」

さらに、ラクロスは他競技の経験が活きやすいスポーツでもある。

バスケットボールなら対人の駆け引き、サッカーならスペース感覚、野球なら投げる動作。そうした土台が、ラクロスにつながってくるという。

道具を扱うことで操作性や身体の使い方も養われる。アジリティや瞬発力といった基礎的な能力を伸ばしやすい点も、ラクロスの魅力のひとつだ。

ただ「面白いスポーツです」と伝えるだけでなく、どんな子に合いそうか、どんな経験が活きるのかまで言葉にできるのは、競技者としても普及に関わる立場としても、実感を持ってラクロスと向き合ってきたからだろう。

普及の話の中で、特に強く語っていたのが、環境を整えることの大切さだった。

ラクロスを知ってもらうだけでは足りない。
「やってみたい」と思っても、近くに環境がなければ、そこで離れてしまう。大きな大会やメディア露出をきっかけに関心が高まっても、地域に受け皿がなければ広がりにはつながりにくい。

だからこそ、クラブやスクール、教室のような入口を各地に増やしていきたいと考えている。

「『ラクロスをやりたい』と言ってくれた人が、すぐ始められる状況をつくりたいんです」

競技を知ってもらうことと、実際に始められる場所を整えること。
この二つを切り離さずに見ているところに、普及への本気度が表れている。

競技も普及も、中途半端にはしない

今年は、NeO LACROSSE CLUBで日本一を取り返したいという目標がある。
その中で、自分自身もきちんと貢献できたと言える結果を残したい。その先には、ワールドカップへの挑戦もある。

一方で、普及の面でもやりたいことははっきりしている。
ラクロスを始めたいと思った人が、ちゃんと始められる環境を増やしていくことだ。

競技だけでも大変だし、普及だけでも簡単ではない。
それでも、競技と普及のどちらかを選ぶのではなく、両方に向き合おうとしている。

プレーヤーとして上を目指すこと。
その一方で、次の世代のための入口も広げていくこと。

水野由惟さんは、そのどちらにも本気で向き合いながら前に進もうとしている。

プロフィール

水野由惟
中学でバスケットボール、高校でソフトボールを経験し、大学からラクロスを始める。大学時代は東海地区準優勝、4年時はコロナ禍で通常の大会がない中、特別大会でドロワーとしてベスト賞を受賞。社会人ではSELFISH(女子ラクロス社会人クラブチーム)を経て、NeO LACROSSE CLUBへ移籍。現役選手として2026年のワールドカップを目指す一方で、キッズ世代への普及活動にも力を注いでいる。
SC L Lab ラクロススクール

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