「もう一度、サッカーをやりたい」
その一言の裏には、簡単には言い表せない時間がある。小中高で全国大会を経験し、海外にも挑戦してきた関根陸斗さんは、大学時代にバセドウ病を発症し、一度はサッカーを諦めた。その後も原因不明の症状に苦しみ、何度も立ち止まりながら、それでもなおピッチに戻ろうとしている。
彼がもう一度サッカーをやる理由は、ただ競技に復帰したいからではない。病気や挫折を経た先で、「自分の人生を、自分の物語で生きる」という感覚にたどり着いた今、その生き方そのものを、サッカーで表現したいと思っているからだ。
期待に応え続ける中で、自分を追い込んでいた
関根さんは埼玉県出身。幼い頃からサッカーに打ち込み、いわゆる強豪と呼ばれる環境の中でプレーしてきた。周囲から期待されることも多く、その期待に応えることは、いつしか当たり前になっていったという。
「周りからはすごい期待されていたし、だからこそ、それが当たり前になってしまった自分がいました。結果を出さなければいけないとか、ある一定以上の自分じゃないと価値がないっていうふうに、ずっと無意識に思い込んでサッカーをしてきたんです」

もちろん、サッカーそのものの喜びもあった。ただ、その一方で、常に結果を求められる感覚や、失敗できないというプレッシャーも大きかった。楽しさと同時に、恐れを抱えながらプレーしていた時間でもあったのだろう。
病気が、人生の前提を揺さぶった
転機となったのは大学時代だった。バセドウ病を発症し、入院生活を経験することになる。一度はサッカーを諦めたが、リハビリを経る中で「もう一度挑戦したい」という思いが湧いてきた。

その思いを抱えて、関根さんはドイツへ渡る。世界有数のサッカー大国でプレーし、さらに成長したいと考えていた。その後は、次の挑戦の場としてモンテネグロも視野に入れた。ここから這い上がり、さらに上の舞台へ向かうためのステップとして、その環境に魅力を感じていたという。
だが、現地で再び壁にぶつかる。到着初日から体に力が入らず、無気力な状態になるなど、原因不明の症状が出始めた。サッカーを続けられる状態ではなくなり、日本に帰国。検査や治療を重ねても、明確な原因はわからなかった。
「バセドウ病と、その後の原因不明の症状。この二つを経験したことで、本当に自分の人生というか、“生きるとは何なんだろう”っていうところと向き合うことになりました」
怪我とは違い、周囲からも理解されにくい苦しさがあった。本人にしかわからないしんどさがありながら、外から見れば「それが実力なんじゃないか」と受け取られてしまう悔しさもあったという。今は言葉にできていても、当時は生きることそのものが限界に近い状態だったと振り返る。
「価値を証明する人生」から、「魂が喜ぶ人生」へ
こうした経験を経て、関根さんの中で少しずつ変化が起きていった。これまでは、自分の価値を証明しなければいけないという感覚が強かった。けれど病気を経たことで、その前提そのものが揺らいだ。
「今までずっと、価値を証明しなきゃいけないって頑張ってきたけど、本当はそれだけじゃなくて、自分の魂が本当に喜ぶ、震える、燃える生き方をしていきたいと思いました」
「魂」という言葉は少し大きく聞こえるかもしれない。けれど関根さんにとってそれは、自分の一番深いところにある本音や喜びのことなのだろう。誰かの期待や世間の常識ではなく、自分の内側から湧いてくるものに正直でいること。病気を経験したことで、その感覚はよりはっきりしたという。
そして、自分と同じように、周囲に合わせながら苦しさを抱えて生きている人が多いことにも気づいた。だからこそ今は、サッカーや発信を通じて、その人自身の喜びや、心から燃えられるものに目を向けてもらいたいと考えている。
「みんなにはもちろん価値を届けたいっていうのもあるけど、もっと深いところで、あなたが一番心から喜ぶもの、子どもの頃みたいに魂が燃えるものって何なんだろうっていうのを引き出したい。みんなが心豊かに、魂を燃やして生きられる世界を作りたいんです」
ドリブルで表現したいもの
その思いを体現する場として、関根さんにとって最も大きいのがサッカーだ。中でも、特別な意味を持つのがドリブルだという。
「ドリブルをしている時が一番の幸せ。“幸せ”という言葉さえ超えるような感覚です」
ただの得意技、武器という言葉では足りないのだろう。ドリブルは、関根さんにとって自分そのものを表現する行為に近い。小さい頃から独特なドリブルをしていたそうで、それを見た人たちから「ワクワクする」「感動した」といった反応をもらうことも多かったという。
自分自身が心から楽しい。そして、その表現が周囲の心も動かす。その循環があるからこそ、ドリブルには強いこだわりがある。

「自分も幸せだし、周りの人にも喜びとか感動を与えられる。その意味で、僕にとってドリブルはすごく大事なものです」
競技として上を目指すことはもちろんある。もう一度海外で、自分のドリブルを表現し、活躍したいという思いも強い。現時点では、ブラジルやタイのように、個性や表現がより認められやすい国へに関心を持っているという。
ただ、それも単なる「海外で成功したい」という話ではない。自分の個性が活きる場所で、自分の色を思い切り出してプレーする。その挑戦そのものが、関根さんにとっては生き方の表現になっている。
発信を通して伝えたいのは、「自分を信じる」こと
現在は、プロ復帰に向けてリハビリや治療を続けながら、サッカーの指導やライフコーチとしても活動している。あわせてSNSでも、自らの生き様や挑戦の過程を発信している。
その根底にあるメッセージは、とてもシンプルだ。
「一番伝えたいのは、自分を信じるっていうことです」
情報があふれ、正解らしきものが無数に並ぶ時代だ。常識、世間体、他人の目。そのどれもが、人の選択に強く影響を与える。関根さん自身もまた、そうしたものに縛られてきた過去がある。だからこそ今は、自分の一番深いところにある声を信じることの大切さを強く感じている。
「自分を信じるって、一番シンプルで、一番難しいことだと思うんです。僕自身、周りの目を気にして、常識に縛られていた時期がありました。でも、こうやって病気だったりいろんな経験をしたことで、自分の心を信じることが何よりも生きる喜びなんだって感じるようになりました」
その言葉は、競技を続けるアスリートだけに向けられたものではない。病気や不安、挫折の中で立ち止まっている人にも向けられている。
「どんな人でも、病気だったり、全然違うつらいことがあったとしても、自分の人生を諦めてほしくないと思います」
自分の人生を、自分の物語で生きるために
関根陸斗さんが今目指しているのは、単にサッカー選手としての復活ではないのかもしれない。もちろん、もう一度海外でプレーしたいという気持ちは本物だ。けれどそれ以上に大きいのは、自分の人生を、自分の色で、自分の物語として生きること。その姿を、自らの挑戦を通して示していくことだ。
かつては結果を出すことで、自分の価値を証明しようとしていた。だが病気と向き合い、立ち止まる時間を経て、彼は別の軸を見つけた。外側の評価ではなく、自分の内側から湧いてくるエネルギーを信じること。魂が喜ぶ方向へ進むこと。
その生き方は、派手な言葉で飾られているわけではない。ただ、だからこそ強い。誰かの期待に応えるためではなく、自分自身の深い喜びに正直であろうとする姿は、きっと多くの人の心にも響くはずだ。
関根さんは言う。
「自分の人生は、自分の物語で生きる」
その言葉は、先の見えない状況の中でもなお前へ進もうとする、一人のサッカー選手の覚悟そのものだった。
プロフィール
関根陸斗(せきね・りくと)
1999年生まれ、埼玉県出身。5歳からサッカーを始め、大宮アルディージャJr.、浦和レッズJrユース、清水桜丘高校、東京国際大学などでプレー。大学時代にバセドウ病を経験し、一度は競技から離れるも、その後復帰し、東京23FC、ドイツ、ブルネイなど国内外で挑戦を続けてきた。現在はプロ復帰を目指して治療・リハビリを行いながら、サッカー指導、ライフコーチ、SNS発信などに取り組んでいる。
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