マイナースポーツで世界一になるまでの4年間——ゼロから挑戦し続けた記録

2025年7月、東京・墨田区で開催されたYOU.FOワールドカップ。
決勝戦でゴールを決め、世界一のタイトルをつかんだ。大会運営としても準備と当日の進行にも関わり、この競技の日本での普及にも力を注いできた。

 

SNSで偶然見つけた投稿から始まった4年間。誰もこのスポーツをやっていなかった日本で、発信し、人を集め、資金を集め、失敗と試行錯誤を繰り返した。裏方から選手へ、選手と運営へ。ひとつずつ積み上げてきた挑戦の記録を残したい。


2022年:偶然の出会いから始まった挑戦

YOU.FOという競技の存在は以前から知っていた。世界の珍しいスポーツを紹介する活動やこのサイトの運営をしていたからだ。しかし、「日本に道具がある」という事実は知らなかった。

SNSで「日本にYOU.FOの道具が届いた」という投稿を見つけたとき、心が動いた。見慣れないリングとスティックを手にした動画を見て、「誰もやっていないなら面白い」と直感した。すぐにオランダの創設者に連絡を取り、オンラインで話を聞いた。印象に残ったのは、「YOU.FOは5歳から80歳まで楽しめるスポーツ」という言葉。幅広い層で普及できるポテンシャルを感じた。

初めて道具を触った感想は「難しい」。リングを飛ばすのもキャッチするのも上手くできず、「なんとなく飛んだ」「なんとなくできた」というレベルだった。だが、だからこそ「続けたら面白くなる」という期待感があった。

道具を持ってイベントに出かけ、いろんな人に体験してもらった。オランダの創設者を日本に招いた体験会も実施し、「日本で初めて本格的に教わる場」を作った。

初年度にもかかわらず、メディアにも取り上げられた。まだ上手くプレーできないのに「第一人者」として紹介され、番組で村上信五さんやさらば青春の光の森田さんにいじられたのも良い思い出だ。

モルック同様にYOU.FOももっとやってほしいと思ったが、この露出をきっかけに何度も取り上げたもらう機会が増えた。


2023年:裏方に徹した一年。日本が世界一の快挙

この年、オランダで初のワールドカップが開催された。私は選手としては出場せず、日本からオンラインで応援。完全に裏方として動いた。

クラウドファンディングを立ち上げ、日本代表として出場する選手たちを支援。約80人から支援をいただき、合計で約80万円を集めた。ページ上の表示は50万円台だったが、別枠の支援もあり最終的にこの金額になった。初めての取り組みで、告知・返礼・会計管理のどれも簡単ではなかったが、日本代表の挑戦を支えることができた。

当時の自分は練習量も少なく、まだ下手だった。だからこそ、選手たちが世界一になった瞬間は、誇らしさと悔しさが同時に押し寄せた。「自分だって挑戦していい」。その気持ちを抑えきれず、次は必ず選手として出場すると決めた。


2024年:ベルギーでの初挑戦と国内大会実施

また、この年には初の国内大会「ジャパンオープン」を開催。約70人規模の大会となり、多くのプレーヤーが参加。国内普及とレベルアップのきっかけになった。

そして29歳、20代最後の挑戦として、初めてワールドカップに選手として出場。舞台はベルギーだった。

大会全体にはまだ手作り感があり、新しいスポーツの文化を作る難しさを感じた。会場を自分達で設営する。ホームで運営する大会でもないにも関わらず、だ。

そしてYOU.FOの特徴は審判なしで進行するセルフジャッジ制のスポーツ。試合中の緊張感と同時に、自分たちでルールを守り、作っていく面白さもあった。

しかし、ルールブックに書かれている内容を完全に全選手が把握しているかというと、そうではない。文化的な背景が違うと、解釈も異なる。国同士で競技の認識が異なる。それが新しいスポーツの面白さと難しさだと感じた。

結果はベスト16。敗れたのは日本チーム同士の試合。練習でも勝てなかった相手で、スコアは5対2だったと記憶している。集中し、取られないように守り、攻撃でもできる限りの工夫をした。観客から「大会で一番良い試合だった」と言ってもらえたのは救いだが、悔しさが強く残った。

この大会で、競技理解度や技術の差を痛感。帰国後は基礎を見直し、自分の強みを洗い出し、得点パターンを考え直した。「来年の東京で絶対に勝つ」。この思いが練習の質を変えた。


2025年:アジア初タイトル、そして東京で世界一

2025年は、挑戦が続く年だった。

4月に第2回ジャパンオープンを開催し、5月には韓国で延期されていたアジア大会に出場。7月には東京・墨田区でワールドカップを迎えた。

運営と選手の二刀流。国内外との調整、地域イベント出展、小学校への出前授業、広報、資金集め——仕事と並行しながら、何役もこなした。

アジア大会では10チームが出場。緊張感ある試合の連続で、YOU.FOを始めてからの初タイトルを獲得。1日で多くの試合をこなし、全勝で優勝できたことは大きな自信につながり、アジアのチームと連携する機会にもなった。

ワールドカップに向けては、クラウドファンディングで100万円以上を集めた。

国内チームの募集、海外とのやり取り、広報活動、スポンサー対応、スタッフ管理——中心メンバー3人、サポートスタッフ10人弱。準備は常に人手不足だったが、大会の成功を願って当日まで奮闘した。

自身の取り組みを見てくれていた、マットレスメーカー「Limne」さんのサポートは心強く、二刀流で挑戦する後押しになった。

Athlifesを通じてつながった他スポーツのアスリート仲間の存在も刺激になった。

そして何より、大会運営を率先して支えてくれたスタッフがいたからこそ、試合に集中できた。

そして迎えたワールドカップ。8の国と地域から25チーム、プレーヤー約120人が参加。スタッフや関係者、家族を含めると200人以上が会場に足を運んだ。
小さなスポーツだが、日本で国際大会を開催できた意義は大きい。

2日間にわたって行われた試合では、ほとんどの試合で得点を記録。決勝でもゴールを決め、優勝。選手として、そして運営として——4年間の集大成が形になった瞬間だった。

ワールドカップの準備期間では、運営として国内外とのやり取りを続ける一方、大会当日は参加国やプレーヤーとの交流も大切にした。海外チームや日本の選手、スタッフ、応援に来た家族などとコミュニケーションを取り、ただ試合をするだけではなく「スポーツを通じてつながる時間」を意識して過ごした。

2026年のW杯開催国は中国

YOU.FOはまだ整っていない部分もある。ルールは改良の余地があり、競技運営も試行錯誤。けれど、道具はあり、遊び方も広がっている。そして、子どもから大人まで一緒に楽しめるスポーツとして、確かに魅力を持っている。学校での授業や地域イベントにも導入してもらえるようになり、少しずつ広がりつつある。


4年間で学んだこと

YOU.FOに関わって痛感したのは、「マイナースポーツは待っていても広がらない」ということだ。道具を運び、体験会を開き、資金を集め、仲間を増やす。裏方として調整し、選手として練習する。発信も、営業も、すべて手探りだった。

それでも、この4年間で得たものは大きい。

まず、目標を追う楽しさを再確認できた。

SNSで偶然見つけた新しい競技を、自分の手で広げ、選手としても挑戦してきた。誰もやっていないからこそ、すべてが手探り。道具を集め、仲間を集め、大会を作り、勝つための練習を積み重ねる。その過程で「できないことができるようになる」「チームで目標を追う」というシンプルな楽しさが、日々の原動力になった。

次に、海外の文化を知る経験は貴重だった。

ベルギーや韓国での大会、各国の選手との交流は、新しい価値観を教えてくれた。YOU.FOは審判なしのスポーツだから、ルールを共有し、互いを尊重し合わなければ試合は成立しない。言語や文化が違っても、一緒にプレーできる。

そして、新しいスポーツを作る責任と誇りを知った。

まだ誰も知らない競技だからこそ、考えることも多かった。ルールは整っていないし、普及には課題もある。それでも道具があり、体験できる環境をつくれば、楽しんでくれる人はいる。子どもから大人まで、笑顔になれるスポーツだと感じた。学校で体験授業をしたとき、初めて触る子どもたちがすぐに楽しんでくれるのを見て、普及の価値を改めて感じた。

「どうすれば安全で楽しくなるか」「どうすれば続けたくなるか」を常に考えた。広報も営業もルール作りも、すべて自分たちの手で進める。世界大会を開催するまでの道のりで、スポーツを「育てる」責任の重さと、その面白さを強く実感した。

そして最後に、世界一という結果

ベルギーでの悔しさ、韓国での初タイトル、東京での優勝。その一つひとつは、仲間、スポンサー、家族、多くの支援があったからこそ手にできたものだ。コートの中では選手として、裏では運営者として。どちらの立場も経験したからこそ、この勝利の重みを知ることができた。

2026年は中国での世界大会。YOU.FOはまだ成長段階にある。選手としても、普及者としても今後も注目してもらえたら嬉しい。

決勝戦得点のシーン

 

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本サイト「MYSPORTS」運営・100種以上のスポーツを体験し魅力を発信。
YOU.FO日本代表として2025年のワールドカップで優勝。

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